「迷い」を断つには?

「TEM 知恵の輪クラブが答えます。」

Q

「迷い」を断つには?

A

「正・安・楽」(SAR)で迷いを断つ

 

○「アナログ」ではなく「デジタル」の時代に生きていることを自覚する

将来に明確なビジョンを描くことがなかなかできない時代になってきました。世の中のあらゆることが複雑に絡み合い、単純には事が運ばなくなっているからです。

私事ですが、あるとき、眼鏡を新調しました。一週間ほどで出来上がるという話なので、楽しみにしていたところ、眼鏡屋さんから電話がかかってきて、「出来上がりがさらに一週間ほど遅れる」というのです。その理由は、「タイの工場が洪水にあい、製造が不可能になったので、他の国に工場があるメーカーに作らせているから」ということでした。テレビのニュースでタイが洪水でたいへんな状況になっているのは知っていましたが、まさか自分がその影響を受けるとは思ってもみませんでした。

ことほど左様に世の中の仕組みが複雑になっているわけで、たった一週間先のことでも読めなくなってきているのです。私たちは、今日の延長線上に明日、一週間先、一年先があり、先の見通しが予測できるアナログの時代ではなく、明日がどのようになるのか確信が持てない不連続なデジタルの時代に生きていかなければならないということを自覚しなければならないわけです。

しかし、明日がどうなるか明確な答えを見いだせない、先行きが見えないということは、たいへん不安なことであり、決断や行動に迷いが常につきまとうことになります。

この迷いを吹っ切るために、「エイ、ヤァ」と即断即決するのはあまりにも無謀です。その反対にあれこれと悩み迷い、結局は何もしないというのでは先に進めません。

○迷いがあるとあれこれと心配をする

「杞憂」(きゆう)という言葉があります。中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したということから、心配する必要のないことをあれこれ心配すること、取り越し苦労をすることです。ビジネスでも似たようなことがしばしあります。

上司「A社に行って、○○の件を了解してもらうように」

部下「断られたらどうしましょうか」

こんな会話が結構かわされているのです。上司としては、「そんな仮定的な話より、断られないためにはどうしたらよいかまず考えてみてくれ、そのうえでもし断られたら、その時にどうするか考えよう」という気持ちになります。

必要のないことをあれこれと心配をしてしまうのは、そこに迷いがあるからです。「自分には荷が重いからA社に一人では行きたくない。上司に同行してもらえないだろうか。しかし、そこまでは言い出せない。どうしたらいいだろうか」という迷いが、「断られたらどうしましょうか」といった先走った言動になってしまうのです。そして、結局はこの一言で、「この部下は使えないな」と上司から評価されてしまうのです。

さてそれでは「迷い」が生じたらどうしたらよいでしょうか。キーワードは、「正」(S)「安」(A)「楽」(R)の三つです。自分のとるべき行動の選択肢がいくつかあって迷ったら、とにかくこの三つのキーワードを思い浮かべてみるとよいでしょう。「正」は、正確な情報が得られるのはどの選択肢か、とるべき行動は正義にもとづいており、正しいものとなるか、ということです。「安」は、安全な選択肢であるか、安心して行動できるか、安いコストであるか、ということです。「楽」は、楽にこなすことができる選択肢であるか、楽しんで行うことができるか、ということです。

この「正」「安」「楽」に照らし合わせて選択肢を評価すれば、いくら先行きの見えないデジタル時代でも最適な意思決定ができるはずですし、万が一うまくいかなくても被害を最小にすることができます。

「想定外」という言葉があります。しかし考えてみれば、はじめから選択肢にしていなかったというまったく無責任な話で、自分の思考の浅さや配慮の至らなさ、知識の欠如、理解不足を棚に上げて、責任を回避しているわけです。「正・安・楽」で考えれば、選択肢もいろいろと想定できるはずです。

 

TEM人生Q1)

トータルEメディア出版刊 

橋口寿人著人生がかわる3つのマジックワード 

13ページ~15ページより

コメントを残す